ドイツの農村の小さな銀行の話(損なわれていない共同体について)

今日も、都市計画・環境ジャーナリストの村上 敦さんが書かれた、「kWh=¥ 〜エネルギー価値の創造で人口減少を生き抜く〜」の内容について書く。

この本は、

第一章 国土の長期展望 〜2050年、地域経済はこうなる〜
第二章 生活者のための経済活動のススメ
第三章 企業・行政のための経済活動のススメ
第四章 地域経済に関わるすべての人へ

という四章立てになっていて、今日書くのは第三章で出てくるコミュニティの大切さの話。「損なわれていない共同体」の例として、ある小さな村にある銀行の話が出てくるのだが、その話がとてもいい。

紹介されているのは、ドイツ、バーデン・ヴェルテムベルク州の一角にある、人口500人の小さな農村「ガンメスフェルト村」にある銀行「ライフアイゼンバンク」。この銀行は、1890年の設立から120年間、親子三代にわたってずっと一人で切り盛りされてきた。

扱う商品は、年率3.5%配当の「普通預金」と年率4.5%配当の「貯蓄預金」、そして、5.5%の利子による「貸付」の3つだけ(2010年当時)。

そして、ここではすべての預金が手書きか、タイプライターで記録されている。そう、インターネット、オンラインを介したシステムが存在しないのだ。もちろんATMもない。
※創立以来、120年間の振り込みや引き出しの全記録が紙の形で保管されている。

村民への110件の貸出額は800万ユーロ(約10億円)になり、1600万ユーロ(約20億円)の預金を預かっているこの銀行は、村民と村の事業者への直接貸付以外の投資は一切行っていない。

貸付の利子と預金の利子がわずか1%の差でやっていけるのは、この銀行がすべての作業を手作業で、たった一人の銀行マンが行っているからだ。

こうした紹介の後、村上さんが私たちに突きつける。

あなたが利用している(オンライン化され、ATMなどの自動化が進む)銀行は、預金と貸出の利息の差は1%かそれ以下になっているでしょうか?と。

より高い生産性を示すはずだったコンピュータによるシステムは、村民同士の顔が見える関係の上に成り立つ信用と、1890年に生み出された手書きと郵送という方式に、経済の観点で負けている。と村上さんは指摘するのだ。

もちろん、コンピュータを捨てて、手書きに戻れ!とか、こういう銀行をあなたの街に作れ!と言っているわけではない。

ただ、地域で経済活動をしているすべての人々に、自分たちが行っているビジネスの行動についてもう一度、疑いを持って問いかけてみて欲しいと訴える。

もしかしたら、自分たちの仕事は、電気が通っていなかった時代よりも本質では粗悪な生産性とサービスになっていないだろうか?と…。

この小さな銀行の話にはつづきがある。

1984年に、金融監督庁の指示で、経営者の金融業免許が剥奪されてしまう。

理由は、この銀行の設立よりも歴史の浅いドイツの金融関連法が、銀行の経営には経営者とは別に、専任の職員を最低一人は雇用することを定めているからだ。使い込みなどの違法行為を防ぐには複数の目が必要だということだ。

免許剥奪後も、変わらず(違法に)業務をつづけた経営者は、懲役3年の刑事罰が適用されるという通達を受けることになるのだが…

最終的には、法廷での審議のあと、金融業免許が返還され、無罪の判決を受けたという。

この事件での経営者のコメントがカッコイイ!

「どこぞの監督組織よりも、私個人がこの村に生きているかぎり、ガンメスフェルトの銀行は中立である」

「私の二つの目と私の良心は、複数の目よりもよく物が見える」

「ガンメスフェルトの銀行の原則は、いつの時代でも(金融関連法が定める)複数の監視の目以上で監視されている。それはすべての村民が、すべての村民を知っているという原則によってだ」

「kWh=¥ 〜エネルギー価値の創造で人口減少を生き抜く〜」139〜140Pから引用

もちろん、規模や条件が違う日本の市町村にこのコミュニティのやり方がそのまま適用できるとは思わない。でも、いろいろな気づきがあるなと思って書いてみた。

この銀行と村民の暮らしを扱ったドキュメンタリー映画『Schotter wie Heu(ワラのように積み上がったお金) 』があるらしいのだが、字幕付きのがあれば観たいなあ…。

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