人類の幸せのためのお金の流れ(村上 敦著「kWh=¥ 〜エネルギー価値の創造で人口減少を生き抜く〜」より)

タイトルは、少し前に書いた、村上 敦著「kWh=¥ 〜エネルギー価値の創造で人口減少を生き抜く〜」の中に出てくる小見出しのひとつ。

ここでは、長野県の西側にある「信州新町」のある事例が紹介されている。

以前のブログで、長野県飯田市の事例をまた紹介したい。と書いたが、完全な記憶違いでした。すみません…

もちろん、飯田市の取り組みも素晴らしいものがある。長くなってしまうのでここでは書かないが、大学進学とともに市外へ出て行った若者の多くが、また飯田市に戻って地域を支えているらしい。それを促すさまざまな取り組みが行われていることを、今年2月に受講した日経新聞主催の地方創生フォーラムでお聞きした。

「信州新町」の話に戻す。

この街では、2004年1月に発足した「NPO法人ふるさと」によって、地味だけど(なんて言ったら失礼だが…)大切な取り組みが行われているという。

取り扱う商材は、「葬祭」。

この地域では、伝統的に自治会など地域の年配者が主導する形で葬祭が行われてきた。こうした話は、さまざまな地域でもお聞きする。

しかし、信州新町もやはり地域の高齢化や若い世代の地域離れも進み、こうした式を取り仕切れる方々が減少。葬祭は長野市内の民間施設で行われるのが当たり前になってきていたという。

以前のように、地域の方々が直接葬祭を取り仕切っていた時には、仕出し、引き物、花輪、生花など、この町内の商店街に注文が入り、地域の中でお金が循環していたわけだが、こうした地域マネーが長野市という「域外」に吸い取られるようになったわけだ。

お金がいったん長野市に流れれば、そのお金はほぼ100%町内に戻ってきて循環することはない。

こうした葬祭の話に限らず、活気がなくなりつつある商店街のために立ち上がったのが、商店街の若旦那たち。

最初は任意団体として、そしてNPO法人として冠婚葬祭やイベントを取り仕切るようにしたという。

この活動により、2008年には1億円にも上る仕入額が統計されたと新聞で報道されたらしい。

商店街への物品・サービスの発注だけでなく、地域の主婦などのパートとしてのお手伝いの依頼なども仲介しているので、上記の金額以上の地域を循環するお金が、「NPO法人ふるさと」と商店街、地域の有志の方々の努力で生み出されているというわけだ。

もちろん、こうした活動やこの本で提案していること(エネルギーの自前化や住宅の省エネ化)を実践しても、お金の流れだけが変化するだけで、経済規模自体のパイが大きくなるわけではない。と、村上さんは言う。

そして、この本は、一見するとラディカルな提案をしているにも関わらず、その趣旨は超保守的で、既得権益の強烈な保護である。

言ってみれば、消滅を迫られている日本の7割近くの地域の利権確保だけに向かって書かれている。

だからこそ、前述の信州新町の取り組みを評価している。

世界中の銀行が、(以前のブログで書いた)ガンメスフェルトの銀行のような形態だけになったら世界のGDPはおそらく縮小する。

それでも、こうした取り組みを高く評価したいのだと、きっぱり!

理由は、数え切れないほどあるが、ここでは以下の2つだとまとめている。

ちょっと長いけど引用する。

1.
〜(前略)再生可能で、持続可能な私たち人類の持つ唯一の資源、「健全な思考」は、こうした共同体が存在することで、次の世代の子どもたちにも芽生える可能性が大きくなると私は考えています。もちろん、都市で育った子どもには健全な思考が宿らないという意味ではありません。世界から「小さな地域での損なわれていない共同体」がドンドンと消滅し、規模が大きくないと生き残れないような社会では、マスとしての次世代に「健全な思考」を伝達することが難しくなるのではないかという意味です。日本のような成熟した先進工業国に限らず、とりわけ発展途上国で、人類の極端な都市化傾向は加速度をもって進展しています。

2.
都市計画上、もっとも効率のよい人間の経済活動の形態は「都市」ですが、都市の機能は、人、モノ、カネの流通と価値の付加に限られます。そもそものモノを生み出す創造の形態は、「農村」にしかありません。

農村というコミュニティが面状に崩壊するような社会となったとき、ーー歴史上を振り返っても幾度となく繰り返されてきた事実で、当然の摂理でしょうがーー都市も疲弊し、最終的に文明は滅びてきました。日本の場合だけ例外であるとは考えられません。農村が疲弊しても、当面は海外に頼れるでしょうが、中・長期的には、国としての枠組みが崩壊する可能性は高いでしょう。

「kWh=¥ 〜エネルギー価値の創造で人口減少を生き抜く〜」230〜231Pより引用

そして、村上さんは、こう結ぶ。

人類の活動の意味は、できる限り多くの人々が幸せや豊かさを感じること。

だからこそ、「NPO法人ふるさと」のような考え方が一般化され、ますます厳しくなると予想される地域のお金の流れが、人に対して、人のつながりと一緒に、幸せを増やしながら、循環することは、地球全体や国全体のGDPの議論とは別に大切であり、推進されるべきだと。

経済のど素人であり、Amazonプライム会員でもある(便利大好きな)自分が、偉そうに語る話ではないのかもしれないが、この本に、ものすごく心を動かされたので、自分なりの解釈を書かせていただいた。

これからの日本のテーマは、「さらなる成長戦略」ではなく、「脱成長戦略(少なさの中でどう幸せに生きるか?)」だと思うんだよな…。

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