出席してみないとわからない“あの気持ち”

アイキャッチの写真は、今年開催される同窓会の案内状をつくるために用意した往復ハガキ。

若い世代の中には、「何これ?」という感じの人もいるかもしれない。

ほとんどの連絡がスマホで済むようになってしまった今、なんとも時代遅れな感じの代物だが、

「メールよりも、ハガキという現物が届いた方が、返信率は上がる!」

という幹事会(昭和38年生まれ)の信念のもと、今年の案内にもまた、この往復ハガキが使われることになった。

今回で、6回目を迎える高校の同窓会は、私たちが30歳になる年から5年ごとに行われてきたらしい。

「らしい」と書いたのは、私が初めてこの同窓会に出席したのが40歳の時だったから。

もちろん、この往復ハガキによる案内は、実家から転送される形で、私の手元にも届いていた(ようだ)が、30歳の時と35歳の時にこのハガキを見た記憶はない。

失礼な私は、返信もせずに無視したようだ…(幹事のみなさん、本当にごめんなさい)。

そんな私が、40歳になる年に初めて出席することになったわけだが、

なぜ、その年は、いつも通りハガキを無視しなかったのか?

いや、違うな。この時もハガキは無視されるはずだったのだが、その年は、いつもとは違うことが起きた。

同窓生が直々に電話をくれたのだ。

流石に、20年以上も会っていなくても、同窓生の生の声は心に響く。

そう、メールよりもハガキの方が、返信率は上がり、ハガキよりも電話の方が、出席率が上がるのだ!(※個人的感想であり、実際の効果・効能を保証するものではありません…)

と、いうわけで、40歳のときに初めてこの同窓会に出席したわけだが、あの時のなんとも言えない幸せな気分を、自分は今でも忘れない。

それは、少し遅れて会場に入ってきたクラスメイトの言葉。

それほど、仲が良かったとは言えない彼が、私の顔を見るなり、

「おお、荘司ーーー!」と、声をかけてくれたのだ。

え!たったそれだけのこと?と、思う人もいるかもしれないけど、

自分は、その時、こう思ったのだ。

「俺のこと憶えてくれているヤツが、ここにもいたじゃん!」って。

20年も会っていなかったクラスメイトの記憶の中に、今でもあの頃の自分がちゃんといる。

そのことが、ものすごくありがたいような、もったいないような、なんとも言えない温かな気分として、今も心の中に残っている。

あの時の、あの気持ちを自分以外の人にも味わって欲しくて、45歳の時からは幹事の側に回らせてもらっている。今年は、幹事として3回目の同窓会。

毎回参加してくれる同窓生に会うのはもちろん楽しみだが、あの時の自分のような初参加の同窓生がひとりでも増えることを願って、案内状の制作を進めている。

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shoji
コピーライター/クリエイティブディレクター
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